ayan_no0の日記

0番目のあやん 手紙というかたちの日記

番外編 飛んで火に入る夏の虫(スペインサッカー)

今週のお題「人生最大のピンチ」について日記を書く。

 

私は高三の春休み、一人でスペイン旅行へ出かけた。三ヶ月間くらいかけて両親を説得し、貯金をし、初めての海外旅行だったのでパスポートを作り(始めての海外に一人で行くな笑)、その日を迎えた。

旅行中の珍道中は、またの機会に記録するとして、ここでは私が18歳で迎えた「人生最大のピンチ」を回顧して記録する。

f:id:ayan_no0:20220811182220j:image

私は、マドリードにいた。初めての旅行だったので、プランも町歩きの仕方もわからなかったが、ホテルだけは怖くてバッチリ日本から予約をしていたので、その日も三ッ星ホテルに宿を取り、空港から移動してきた初日だったのでやることも少なく、けれど興奮していたので、ガイドブックには禁止事項として書かれていた「夜の街への出歩き」を早速開始した。

 

近所の商店で、日本のそれとはサイズの違う、でっかいファンタを買って、最小限の貴重品で、地元民を装ってブラブラと散歩した。石畳の道を歩くだけで楽しかったし、ミゲル市場があいていたけれど、夜の賑わいが逆に怖くて買い物はできなかったり、なんでも楽しかった。

f:id:ayan_no0:20220811182255j:image

(これはポーランドのファンタ)

ひらけたところに到着。物陰でガイドブックから引きちぎった地図を確認すると(地図を広げていると観光客だとすぐにバレて、襲われると思っていた。あながちこの考えは間違っていないと思う。)そこはマヨール広場だった。実はこの側に生ハム博物館があって、ホテルで日本人OL二人組のおねーさんに「高校生でひとり旅?これから出かけるの?危ないよ?一緒にこれから生ハム博物館行くけど行く?」と誘われていたのだが、一人旅を体感したくて断っていたのだ。それでも、なんとなく彼女らの側にいたくて近くを散歩することにしたのだと思う(無意識に)。

広場に着くと、日本の夜の街とは全く違って(日本では「繁華街」は大人で賑わっているけれど、なんとなく「健全」ではないイメージがある)、老若男女、たくさんの人が腰掛けておしゃべりをしたり、子供が遊びまわっていたりした。

全然危険な感じないな〜、ガイドブックじゃわからないこともあるな〜などとのんきに感心していた。(断っておくが、このスペイン旅行の間に、私個人は悪意ある人にはたまたま出会わなかったし、詐欺やひったくりの類の犯罪行為にもあわなかった。それは良くも悪くも私の場合は、である。)

 

子供達(3〜6歳くらいだろうか)がサッカーをしていた。みんな男の子だったが、よちよちとした足取りの子も混ざっているくらい幼く、一番体格のいい子でも小学校に入っていないか、入ったくらいなのではないか、と思った。しばらく眺めていると、転がってきたボールを蹴って返したことを契機に、サッカーに混ぜてくれた。私はサッカーの心得がないので下手だし、ルールも曖昧だったが、彼らとわちゃわちゃと楽しむことはできた。言葉も通じなくて、時折叱られたが(多分、チャンスボールだからシュートしろ!的なことを言われていたがチャンスを生かせなかった)、30分弱楽しく遊んだ。疲れたので離脱し、地べたに座りながらでっかいファンタを飲んでいたら、近くにいたベロベロに酔ったお兄さんが私にサッカーのユニフォームをくれた。地元レアルのユニフォームで、帰国してからちゃんと調べたらジダン選手のものだった。(その頃、レアルにはベッカム選手もいたはず)お金を要求されるのかと思ったら、旅の記念に友情の気持ちであなたにプレゼント、と英語で話してくれた。私の体感だが、その頃スペインでは英語を話してくれる人は、本当に少なかった。旅のほぼ初日で現地の人とコミュニケーションが取れたこと、プレゼントをもらったこと、夜の街を堪能できたこと、全てが夢みたいであった。

 

こういった、たくさんの楽しい出会いや、キラキラした街並み、行きたかった場所、美味しい食べ物、すべてが最高の思い出になる毎日を9日間過ごした。その8日目のこと。

 

セビージャやグラナダを巡って、私はバルセロナにいた。

その日は、その前日から出会って一緒に行動させて貰っていた日本人のフラメンコを勉強されているおばさま二人旅に同行させて貰っていて、一緒に現地のエルコルテイングレス(デパートみたいなお店)の本屋さんへいって絵本を買いましょうと約束していた(私はこれ以後、海外旅行へ行くと絵本を買うようになる)。私のこのスペイン旅行の目的はサグラダファミリアを見に行くことにあったので、その前日にじっくり堪能したのだが、この日も朝からサグラダファミリアに出かけた。教会を見ているうち、日が昇り、この時は3月だったのだが、20度を少し超えるくらいまで暖かい日となった。スペインとは、本当に太陽の国なのだと実感した(いまや日本の方が酷暑だが)。待ち合わせの前に一度ホテルの部屋に帰り、薄手の服に着替えることにした。けれども、日数分の、それもガイドブックで見た「3月のスペイン」の気候に合わせた服しかなかったので、私は「マドリードでもらったユニフォーム」を着た。デニムのスカートによく似合っていて可愛い着こなしだと、我ながら思った。

 

繰り返すが、私はサッカーの心得がなく、詳しくない。

 

ユニフォームで街を歩くと、人目を引いた。やたら街の人が私を見ていると感じた。しかしながら、この旅の道中、日本人の幼いひとり旅はもともと目を引いていたし、「見られている」感じはいつもあったのだ。

けれど、この日は、私に対して何か話している印象が強くあった。胸がザワザワした。

ミサンガ詐欺にあうのか?強盗にあうのか?

 

待ち合わせ場所に、おばさまが来てくれた。おーい!と大きく手を振ると、丸顔でおしゃべりな方の女性が、前日とうってかわって、ちょっと怖い顔で、急にこちらへ小走りにやって来た。そして、やって来たと思ったら、私に彼女のGジャンを引っ掛けてこう言った。

 

「ここでその格好はダメ!!!」

 

はてなである。頭の中がハテナでいっぱい。キョトンとする私に彼女は、すぐにそのユニフォームは着替えた方がいいとアドバイスしてくれた。

読者の方の中には、その時の何が危険か、すでにお気付きの方もいるでしょう。(私は気づいていない)そう。スペインは日本よりもサッカー愛が深いのだ。いや日本のサッカーファンも愛は深いだろうが、スペインのそれは、深く、そしてちょっと危険なのだ。皆、地元のチームを愛し、試合がある日は乱闘騒ぎは日常茶飯事。ちょっとお酒が入ればサッカー談義は白熱し、殴り合いで解決することもある。

 

私は、バルセロナマドリードのユニフォームを着ていた。

飛んで火に入る夏の虫。どうぞ、ボコボコにしてください(言い過ぎ笑)状態だ。

 

おばさまの愛が私を首の皮一枚救った春の日。

私は、無事に帰国することができた。確かに、待ち合わせまでの間、ちょっとイキった感じのおにーさんにちょっと怒鳴られて怒られている感じがした。あれは完全に怒られていたな。

 

皆様も、どうかこういう状況にならないように、自分の着ているユニフォームがホームのものか、今一度ご確認ください。(あえてアウェイのものを切る人は頑張れ!)

 

アディオス!アミーゴ!